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『タバコの害について』/『白鳥の歌』 [舞台]

『タバコの害について』
作: アントン・チェーホフ
翻訳: 米川正美
演出: 村田元史
制作: Y・NAKANO 演劇企画JOKO
出演:
 西本裕行(ニューキン)

いやあ、面白かった~!
ホント、楽しい一人芝居だった!

タバコの害について講話を依頼され登壇するニューキン教授。
ところが、恐妻家の彼の話は脱線。
妻に対する積年の思いが爆発する。

西本さんが醸し出す老紳士の悲哀がたまらなく切なく可笑しいのだ。
4回公演の千秋楽に来て、初めて起きたというハプニング。
それに対するアドリブっぽい対応が、さらなる笑いを誘っていた。

西本さんは大先輩。
あとひと月あまりで米寿を迎えるご高齢にもかかわらず
毎年、大小様々な舞台に立ちつづけている素晴らしい俳優である。
今年も、すでに
『リア王』、『父と暮せば』で主役を務めていらっしゃる。

年配の方なら、
『ムーミン』のスナフキンを担当していた声優と言ったら
分かりやすいだろうか。

それ以前に、彼は舞台人である。
文学座、雲、欅、昴
といわゆる新劇団で演劇人生を貫きつづけている志の人である。

映画が斜陽になって、テレビ創生期。
テレビ俳優がほとんどいない時代、
時代劇や大映テレビを中心とするドラマに
新劇と言われる老舗劇団の舞台俳優が映像でも重宝された。

しかし、若いころの西本さんは評価が低く、
小池朝雄をはじめ、劇団の同世代がテレビでも活躍する中
陽の目を見ない時代が長く続いた。

私が師と仰いでいた故・北城真紀子は
生前、後輩である西本さんに対し
舞台袖で「お下手ね」と言い放ったという話を嬉々として語っていた。
北城が亡くなった折
西本さんご本人も、その逸話を笑いながら話してくれた。

実際、私が俳優となって間もないころ観た『寺院の殺人』では
私が未熟だったこともあるのだろうが
主役を務めた西本さんの演技に全く魅力を感じなかった。

若輩の私が言うのもなんだが、
その後、歳を経るごとに
彼の魅力はキラキラと輝きはじめるのである。

だから今、亡き北城真紀子には言ってやりたい。
「今や、あなたに負けず劣らず、素晴らしい俳優ですよ」
「いや、あなたが見られなかった時間を生き続けている分、
あなたを凌ぐ優しさと強さを備えた素敵な大先輩です」と。

先日亡くなった高倉健さんが映画の孤高なら
西本裕行氏は舞台の孤高である。

私は2本の舞台でご一緒したが、
残念なことに、いずれの作品でも直接絡む場面がなかった。

いつまでも
矍鑠と舞台に立ち、私たちの道標・模範であってほしいが
90歳近い年齢を考えれば、私より先に逝ってしまう可能性は高い。

この先
西本さんから、どれだけ吸収し学ぶことができるか
西本さんの演技を、どれだけ観られるか
西本さんと、どれだけ時間を共有できるか。

どんなメディアでも構わない。
是非、西本さんと直接絡む作品に参加したい。
それが私の随一の希望である。

私は、この世に生まれこの人に会えたことを感謝する。
そして、これから彼と密に関わる人々すべてに嫉妬するだろう。
それくらいに、この俳優、この先輩を敬愛しているのである。

『白鳥の歌』
作: アントン・チェーホフ
翻訳: 米川正美
演出: 村田元史
制作: Y・NAKANO 演劇企画JOKO
出演:
 仲野裕(ワシーリー・ワシーリイチ・スヴェトロヴィードフ、喜劇役者)
 西本裕行(ニキータ・イワーヌイチ、プロンプター)

老俳優によって
人生についての述懐とプロンプターとの会話が
深夜の劇場で展開される。

仲野さんも私にとっては大先輩である。
しかし、正直あまり面白くなかった。

ストーリーや設定など、戯曲として面白味がないとは言えないが
本自体にも特筆する内容・展開はない。
主役の仲野さんに対して、西本さんも脇で登場するが
存在感はあれども、役によっては俳優を生かせないのだなあ。
それを実感させられる作品だった。

つまりは
この戯曲に対する興味があまり湧かない所に起因するのだろう。

会場: 両国・門天ホール
観劇日: 2014年11月30日(日)
上演時間: 午後2:00~(休憩15分含・約1時間20分)
ジャンル: ドラマ
 
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『シンデレラ』&『バレエの時間』 [舞台]

「シンデレラ」&「バレエの時間」(2014)
構成・振付・演出: 白川万紗子
音楽: セルゲイ・プロコフィエフ
美術: 青山健一
照明: 石田道彦
音響: 古武奈津子
衣裳: アトリエヨシノ
舞台監督: 原田拓巳
制作協力: 白川聖子
出演:
 「バレエタイム」生徒
 柴崎正道(継母)
 石井友樹(王子)
会場: 調布市文化会館たづくり・くすのきホール
観劇日: 2014年11月3日(月・祝)
上演時間: 午後3:00~(休憩15分含・約2時間)
ジャンル: バレエ

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バレエ教室「バレエタイム」の発表会。

バレエ要素が入ったダンス作品や、映像でのバレエ公演は
観たことがあるけれど
純粋な生のバレエ公演を一度も観たことのなかった私にとって、
幼き若き生徒さんたちの舞台は微笑ましく楽しいものでした。

衣裳が金太郎の腹掛けみたいに見える子もいたり…
赤の他人でも、みな可愛く見えるのですから
親御さんたちは、
娘の晴れ舞台を目の当たりにしてたまらないでしょうね。

シンデレラ役の生徒さんは
手先の仕草や表情がとても柔らかく、華を感じるバレリーナでした。

先生であり主催者である白川さんの踊る姿も期待していたのですが
あくまで生徒を主役に、
バレエのイロハ教室の進行役に徹していらっしゃいました。

「リトルダンサー」や
「バレエ・シューズ」(「ハリー・ポッター」のエマ・ワトソン主演)など
ダンス関連の映画を観ると
“私も踊れたらなあ”と思ってしまうのであります。
 
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『エドワード二世』 [舞台]

「エドワード二世」(2013)★★★☆65点
作: クリストファー・マーロウ
翻訳: 河合祥一郎
演出: 森新太郎
美術: 堀尾幸男
照明: 中川隆一
音響: 藤田赤目
衣裳: 西原梨恵
ヘアメイク: 佐藤裕子
演出助手: 城田美樹
舞台監督: 大垣敏朗
芸術監督: 宮田慶子
出演:
 柄本佑(エドワード二世)
 中村中(イザベラ、王妃)
 大谷亮介(ランカスター伯爵)
 窪塚俊介(ケント伯爵)
 大鷹明良(アランデル伯爵)
 木下浩之(ペンブルック伯爵)
 中村彰男(レスター伯爵)
 西本裕行(ライトボーン、暗殺者)
 瑳川哲朗(老モーティマー)
 石田佳央(モーティマー)
 石住昭彦(カンタベリー大司教)
 下総源太朗(ギャヴィストン、エドワード二世の寵臣)
 谷田歩(スペンサー)
 長谷川志(ボールドック)
 安西慎太郎(王子エドワード)
 小田豊(コヴェントリー司教)
 原康義(ウォリック)
会場: 新国立劇場・小劇場 THE PIT
観劇日: 2013年10月24日(木)
上演時間: 午後6:30~(休憩15分含・約3時間)
ジャンル: ドラマ

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先シェイクスピア時代、
エリザベス演劇の先駆者と言える劇作家マーロウの作品。

観に行こうかどうか、迷っているところへ
出演者に仕事の現場で誘われ、
さらに、既に芝居を観たマネージャーの好評を受けて
劇場に足を運ぶことにした。

幕が開いて早々に実感することだが
とにかく、森氏の演出が前面に出ているなあ、ということ。
語弊を恐れずに言えば、
役者は演出家の画を完成させるための駒でしかないのだ。

"本選びとキャスティングで、演出家の仕事はほとんど終わる"
という彼の発言を聞いたことがあるが
この発言からも、彼の自己顕示の一端が窺い知れる。

和服や、雛壇を模した階段を多用することで
英国の演劇界にインパクトを与えた蜷川氏よろしく、
森氏も階段が好きなようだ。
今年の初夏に彼が手がけた、サルトル作の「汚れた手」も
舞台セットは、大階段の一杯飾りだったが、
本作品でも、
高い位置に配された玉座まで
ステップの高い階段が5,6段用意されている。
ステイタスを表現するのに手っ取り早い方策。

暗転やライティングを駆使して
短いシーンを積み上げていくのも、
役者より演出が先行する作品にありがちな、映画的手法の一つ。

結果的に
役者のケミストリーが紡ぎ出すドラマが蔑ろにされる。
俳優の立場からすれば、
自分たちの演技を信用されていないように感じたり
俳優の存在意義を否定されたりしているようで
不満を抱くのではないか。


出演者に目を転じよう。

一番印象に残ったのは中村中。
性同一障害の歌手というイメージしかなかったが
舞台もそこそこ場数を踏んでいるよう。

多くの役者が
叫ぶと声が割れて何を言っているのか聞き取りづらい中
歌手だけあって、声量や響きが素晴らしい。
ただ、これまた歌手だなあと感じたのは
台詞を歌ってしまう点である。
傍白など、自分の思いを語る部分は有効だが、
対話に至っては、相手への台詞のかかり方が甘くなる。

また、凛とした美しさがあり
王妃としての気品に満ちている点は言うことなしである。
この点も、別角度から見ると不足を感じる。
叫びまくる男優に囲まれて
唯一マイペースで演じられるポジションにあるが、
それ一辺倒で、終始落ち着きはらっており
オーラスなど、感情が激する場面においても
さして演技に変化を見いだせない。

ギャヴィストンに扮した下総は
プロフィール写真よりも、見た目も演技もずっとセクシーな役者で
王の寵愛を受ける男色を印象強く演じている。

大御所の一人である瑳川。
舞台を見るたびに、丸く大きくなられるようだ。
今日など、チラシの名前を見ずに観劇していたら
きっと彼であることを認識できなかったのではないかと思う。
瑳川ほど渋い低音の持ち主であっても、
叫び声は籠って台詞が不明瞭にしか聞こえない。

モーティマーを演じた石田は
諸事情があり、急遽キャスティングされたと聞くが、
叫んでも彼の声は比較的通り、しっかり聞き取れる。
演技的にも、役どころをしっかり押さえ、好演だると言えよう。
全編にわたって、エドワードの敵であり対極にある存在を
実直に演じていた。
惜しむらくは、カッコをつけたいという下心が所々で見受けられる。
逆に
処刑される直前は、思いっきりカッコ良くなってほしいが、
首から上が長く、体のバランスがイマイチな彼のシルエットは
お世辞にもカッコいいとは言えない…
こればかりは持って生まれたもの、どうしようもない。

キーパーソンの一人であるケント伯を演じる窪塚。
ただ一言、力不足も甚だしい。
たっぱも無い人だと知るにとどまる。

主役の柄本は
"キャスティングでほとんどが決まる" という演出家の言そのまま
彼に求められたキャラクターは体現出来ているのではないだろうか。
3時間の芝居の8割は舞台上にいるであろう主役を
合格点で演じきっていると思う。

テンポが大事なのは分かるが、
役者の間で交わされる対話の中に
感情を揺さぶられるドラマを感じられないのは寂しい。
奇抜な絵や配色、
立体的に飛び出してきたり、メロディまで奏でたりする
仕掛けが盛りだくさんな絵本に似ている。
上演の主眼はストーリーを伝えることのみで
伝え方に生きた人間の介在が乏しいのは残念なかぎり。

舞台を見なれない人は
新鮮に感じるかもしれないが。
 
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『星の王子さま』 [舞台]

「星の王子さま」(2013)★★★☆65点
演出・脚色: 河田園子
原作: サン=テグジュペリ
企画・制作: 演劇企画JOKO
出演:
 染谷麻衣(王子)
 中西陽介(ぼく)
 牛山茂
 舘田裕之
 鎌田翔平
 片桐雅子
ギター演奏:
 細井智
会場: 志木市民会館
観劇日: 2013年2月18日(月)
上演時間: 午後6:20~(休憩なし・1時間20分)
ジャンル: 音楽劇

"音楽朗読劇" と銘打っているが、
近年の朗読劇、リーディングの趨勢がそうであるように、
シンプルとはいえセットを備え、
役者はきちんと衣裳を身につけている。
主役の王子は、一度たりとも台本を手にしない。
朗読の域をはるかに超えた立派な劇。

ギター生演奏がとてもいい。
細井氏がつま弾く、どこか悲しげな音色と美しい旋律が
作品の雰囲気のほとんどを支配していると言っていい。
"ジブリ作品にありそう音楽" といった感想を漏らしている人がいた。
確かにそうかもしれないが、
たとえ似ていたとしても、美しいものはやはり美しく
そのメロディの美しさが損なわれるものではない。

染谷は演じる王子のキャラクターにぴったり。
小柄なのはもちろん、顔もとっても小さい。
銀色がかったカツラに、空色の衣裳に身を包んだ彼女。
ギターを除けば、彼女の存在が
本作のファンタジーを大きく支えているのは間違いない。
特に、彼女の高音の笑い声はとても可愛く、
耳に残るその笑いは、
王子が最後に "ぼく" に残すメッセージを裏打ちしている。

染谷を除き、その他の俳優は
冒頭とラストには揃って台本を手に朗読する。
この部分が朗読調であるのは当然だが、
王子と "ぼく" が台本を離れて演じる部分まで
その朗読調を引きずっているのが残念である。
二人とも、語尾が相手にかかっていかないのだ。

王子については、
生身を超えた、ファンタジックな存在だから
それでもいいのかもしれないが、
語尾が上がった方が、その子供っぽさが際立つはず。

"ぼく" に扮する中西は
役の重要性の割に、登場シーンが少ないので、
王子とのやりとりを如何にドラマチックにできるかがカギとなる。
その点からも、関わり方が弱い。
そうなってしまっては
並列されるエピソードの内容そのものが不明確になる。
私が単に疲れていたせいかもしれないが
作品の中だるみを感じたのは、そこに原因があるように思う。

主役二人以外は、脇も演じるコロス的な存在。
セットの陰で着替えもするのだが、
着替え損なったり、動線を間違えたり
といったことを、演出として敢えてさせている。
コミカルな演技も得意とする牛山は
しっかりその笑いを誘って、さすがはベテランといったところ。
一方、若い男優はどうも中途半端で
ややもすると、本当にトチったのではないかと思われそうである。

唯一の女性コロスの片桐。
"花" の役として、その見事な歌声を披露する。
ただ、正直
太めの体形と中年女性の顔立ちが
ファンタジー作品の "花" として登場するには…
その歌の上手さがために、
却ってその点が気になってしまった。

久しぶりに、原作を手にしたくなった。
 
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『恋する妊婦』 [舞台]

「恋する妊婦」(2008)★★☆☆☆40点
作・演出: 岩松了
美術: 島次郎
照明: 沢田祐二
衣裳: 堀井香苗
音響: 藤田赤目
出演:
 小泉今日子(ママ)
 風間杜夫(座長)
 大森南朋(橋本)
 鈴木砂羽(さつき)
 荒川良々(福田)
 姜暢雄(慎之介)
 平岩紙(ちはる)
 森本亮治(道後)
 佐藤直子(波江)
 佐藤銀平(マー坊)
 中込佐知子(あざみ)
 米村亮太朗(ともあき)
 大橋智和(秀樹)
 安藤サクラ(絵美子)
収録: 2008年2月 東京 Bunkamura シアターコクーン
番組: ミッドナイトステージ館「恋する妊婦」
チャンネル: NHKBS2
放送日: 2010年5月22日(土)
放送時間: 午前0:45~3:05(140分、うち本編130分)
製作・ジャンル: Bunkamura/現代劇

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旅から旅の大衆演劇一座「美波渡{みなと}座」を描く。
岩松了作・演出。

テレビでお馴染みの面々を芯に配している。
座長役の風間は、さすが
故・つかこうへいの下で舞台経験を積んできただけのことはある。
時に、歌手や役者について、"声がない" という言い回しをするが
風間は本来、声のない俳優である。
伸びや響きがなく、張り上げたり高い音を出したりすれば
すぐに割れて聞きづらい声とでも言おうか。
そんな声のない風間が発するしっかりした台詞回しは流石の一言。

一方
小さな声でさえマイクが拾ってくれるTVや映画においてさえ
時折聞き取れない大森南朋は
その滑舌の悪さも手伝って、何をしゃべっているやら
ただ喚いているとしか思えない場面が多々見受けられた。
キャラクター的にも
大森に似つかわしくなく、彼の良さが出ていない。
舞台出演に当たっては
本人が 舞台人"麿赤児" の息子たるところを見せたかったのか。
とはいえやはり、彼は父親とは全くタイプの違う俳優なのだ。

タイトルロールに扮するKyon。
アイドルの時代から好きなタレントだが
女優として中年期に差し掛かってきたあたりから
少し厭世的でアンニュイな役が多いように思う。
だが、その役どころに
どうしても真実味・生活観を感じられないのは、私だけだろうか。

若いのに、すごく色香を感じる鈴木砂羽は
私の好きな芸能人ランキング上位に位置する。
残念ながら、
その真髄を発揮するほど、役柄自体に深みのないのが本作。

周りを固めるのは
昔で言うアングラ、今で言う小劇場の面々。
賑やかしにすぎないと一蹴できなくもないが
彼らの存在あってこそ、
旅一座の雑多で少々やさぐれた雰囲気が創り出されている。

そうした中で展開される枝葉のストーリーが
主となるストーリーに全くと言っていいほど絡んでこないのが
この作品の欠点と言えよう。

銃による刃傷沙汰も
座員の確執から生じる退団騒動も
どこか現実離れしていて、絵空事に思えて仕方がない。
そうでなく、ただ日常の一ページを切り取って見せたいなら
今のような創り方をしていては
小津映画「浮草」のような映像作品には到底敵わない。

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『定年ゴジラ』 [舞台]

「定年ゴジラ」(2009)★★★☆70点
原作: 重松清
脚本: 杉浦久幸
演出: 西川信廣
演出補: 高橋正徳
装置: 石井強司
照明: 塚本 悟
音響効果: 中嶋直勝
衣裳: 山田靖子
舞台監督: 寺田 修
制作: 白田 聡

スタッフメモ:
【重松清】1963年岡山県生まれ。早稲田大学教育学部卒。
1999年 第14回坪田譲治文学賞「ナイフ」
      第12回山本周五郎賞「エイジ」
2001年 第124回直木賞受賞「ビタミンF」

【杉浦久幸】1959年岐阜県生。
1981年東京演劇アンサンブル俳優教室入所。
1984年劇団もっきりやを結成以来、25回の公演中18作を制作。
1994年度文化庁舞台芸術制作奨励賞受賞「水面鏡」
1997年度日本劇作家協会最優秀新人戯曲賞受賞
      「あなたがわかったと言うまで」

【西川信廣】1949年東京生。劇団文学座所属。
日本演出者協会理事。 東京芸術大学客員教授。
1986年文化庁派遣芸術家研修員として渡英。
紀伊國屋演劇賞個人賞、芸術選奨文部大臣賞新人賞、
読売演劇大賞・優秀演出家賞など受賞多数。

出演:
 川辺久造(江藤)
 加藤武(古葉、町内会長・元敏腕広告営業マン)
 坂口芳貞(山崎、元丸の内銀行勤務)
 林秀樹(永田)
 坂部文昭(野村、マッハ通運)
 関輝雄(藤田、元武蔵電鉄・"くぬぎ台" の宅地造成開発担当)
 加納朋之(須藤康彦、アパレルメーカー課長・万理の恋人
 佐川和正(モリナガ、学生)
 吉野由志子(山崎の妻)
 石井麗子(千穂、山崎の娘)
 名越志保(宮田助教授)
 佐古真弓 (万理)
収録: 2009年11月日 東京 紀伊國屋サザンシアター
番組: NHK劇場への招待「定年ゴジラ」
チャンネル: NHK教育
放送日: 2010年3月26日(金)
放送時間: 午後10:32~翌日午前1:00(148分)
製作・ジャンル: 文学座/現代劇・新劇

gojira.jpg

開発から30年が過ぎたニュータウンを舞台に
定年を迎えたオヤジたちの哀歓を
ユーモアたっぷりに描いた重松清のベストセラー小説が原作。

舞台となる町は "くぬぎ台"。
当時のベッドタウンと言えば
"~台"、"~ヶ丘" といった名前が多く、
今もその地名は全国各所に残る。

それに対する私のイメージは
新しいが、画一的で数ばかり多くて顔が見えない。
まさに、団塊の世代に対するイメージとダブる。

働くことに懸命で顧みてこなかった家族との
すれ違いや軋轢を描ききれていないのが惜しい。
長女の愚痴や次女の不倫結婚騒動は
全くの中途半端に立ち消えてしまう。

そういったプロットの欠点を除けば
会話劇として見事に戯曲化した杉浦の手腕は素晴らしい。

さすがは、CMナレーションを務める江守徹を抱える文学座。
ドモホルンリンクルが宅急便で届く。
宅急便に対する山崎のあたふたぶりは容易に予想のつくものだが
"つかみ" として、まず客席を沸かせる。
その後も、
定年を迎えた男どもがやりそうな
間違いや陥りそうなシチュエーションにあふれ
客席は間断なく笑いに包まれる。

酒の追加を買うため
メンコさながら、財布を床に叩きつける姿は
童心に返る様を分かりやすく描いて微笑ましい。

夢の城を思い描いて手に入れたニュータウンの一軒家。
30年の歳月を経て、
理想と乖離してしまった現実を映し出すかのような煤けた模型。
理想を取り戻すべく、
更地にするのだとゴジラになりきって模型を踏み潰すオヤジたち。
自分たちの過去に対する愛着と、
一方では、その意味に疑問を抱き無に帰したい切ない想いが
踏みおろす一歩一歩にこもっているようだ。

転換時を主として
ビートルズのナンバーが全編を彩るが
登場人物たちは
ビートルズ世代より、少なくともひと世代は上の世代に当たる。
これは実質、中身とは何ら関係ない。

ビートルズについては原作にあるのかもしれないが
「あしたのジョー」を思わせる
"灰になりたかった" というギャグといい、
カーディガンを背中に羽織るという万理のバブルファッションといい、
多少なりとも演出・西川の人となりを知る私からすると
ビートルズ世代ど真ん中の彼の趣味ではないかと推測する。

高度成長、団塊の世代、そしてバブルとその崩壊後の長き不況。
男たちが遮二無二頑張ってくる間に
価値観が右に左に大きく変わってきた。
寿命が延び生き長らえることで
同時に、ボケや介護を必要とする負の時間も増える結果となった。
明日は我が身。
この芝居の登場人物、そしてそれを演じた先輩俳優たちのように
老いてなお元気に
振り返った時に、悔いより満足を覚える人生にしたいもの。

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『カーテンズ』 [舞台]

「カーテンズ」(2010)★★★☆☆55点
脚本: ルパート・ホルムズ
作詞: フレッド・エッブ
作曲: ジョン・カンダー
演出・振付: ビル・バーンズ
共同演出: 菅野こうめい
翻訳・訳詞: 高平哲郎
音楽監督: 清水恵介
装置: 島川とおる
照明: 原田保
衣裳: 村上由美
ヘアメイク: 藤重礼
音響: 実吉英一
舞台監督: 木村力
企画・製作: Quaras
出演:
 東山紀之(フランク・チョーフィ、警部補)
 大和悠河 (ニキ・ハリス、女優
 マルシア (ジョージア・ヘンドリクス、作詞家)
 大澄賢也 (ボビー・ペッパー、男優)
 鈴木綜馬 (アーロン・フォックス、作曲家)
 岡千絵 (バンビ・バーネット、女優)
 芋洗坂係長 (シドニー・バーンスタイン、プロデューサー)
 鳳蘭(カルメン・バーンスタイン、プロデューサー・シドニーの妻)
 広瀬彰勇(ダリル・グラディ、ボストン・ムーン紙の批評家)
 青山明(クリストファー・べリング、演出家)
 大島宇三郎(オスカー・シャピロ、出資者)
 後藤晋良 (ジョニー・ハーモン、舞台監督)
オリジナル版の受賞:
 トニー賞受賞受賞
  ■最優秀主演男優賞 デビッド・ハイド・スピアーズ
 同賞ノミネート
  □最優秀ミュージカル作品賞
  □脚本賞
  □オリジナル楽曲賞
  □主演男優賞
  □主演女優賞
  □助演女優賞
  □演出賞
  □振付賞
会場: 東京 国際フォーラム・ホールC
観劇日: 2010年2月24日(水)
上演時間: 午後1:30~(休憩20分含・約2時間50分)
ジャンル: ミュージカル

Curtains.jpg

「カーテンズ」日本版の東京公演千秋楽を観劇。

新作ミュージカルの
トライアウト公演の舞台上で起きた殺人事件を巡る
ミステリータッチのミュージカルコメディ。

トニー賞で8部門にノミネートされたヒット作だが
「シカゴ」「キャバレー」のJ・カンダー&F・エッブの黄金コンビなのに
耳に残るナンバーは ♪死んじゃった♪ くらい。
欧米人と私の感性の違いか、当時良作が他になかったのか。
そこから推測するに、米国で大ヒットに導いたのは
主演スピアーズのコミックパフォーマンスの素晴らしさに違いない。
もしそうなら、東山は相当の重責を背負っていることになる。

その東山は、結局2枚目を脱することはできなかった。
ファン層を見越しての演出もあろうが
その登場からして、喜劇スターでなくやはり元アイドル
本人が一生懸命2枚目にならないように抑えているのは分かるが
あの程度ではこの大役の役目は果たせるはずもない。
芝居が下手とは言わないが、笑える台詞も笑えない。
相手の息を取るタイミングの悪さと、
バカになりきれない表現の甘さによる。
オリジナルを観ていないので分からないが
フランクの "「ウエストサイド物語」をやった" というエピソードも
少年隊をネタにした内輪受けの台詞と推測する。
2幕後半からは、汗ボタボタ状態。
空調の具合にも拠るだろうが、演技に力が入りすぎている証拠。
まあ、"よく頑張ったで" 賞をあげよう。

流石はベテラン鳳欄。
俳優役以外は、ほとんどダンスの見せ場はないが
しなやかな体の動きと貫禄で見せる緩いダンスも圧巻。
彼女が作品の芯となる位置にいなかったら
と思うとちょっと恐ろしい。
ただ残念なのは、声をつぶしていたこと。
重症ではないが、高音がガサガサ。
休演日を挟んでの大阪・名古屋公演は
短期決戦なのでこのまま乗り切ることだろう。

マルシアは歌は上手いが
台詞は訛りが抜けないし、芝居もインパクトがない。

大澄はああいう役なら、
彼の地のキャラとギャップが少なく、役割は十分果たせている。
ダンスの切れは素晴らしい。

芋洗坂は、演技・歌ともひどい。
お笑いのキャラクターを活かす以前に
妻役の鳳に圧倒され、役者としての器の小ささが浮き彫り。
カーテンコール前に、東山と2人のダンスシーンがあるが
これはダンスの得意な2人のために特別に用意した
オリジナルにはない日本版のみの創作であることは明らか。
技術が高いわけではなく
太って踊れそうにない人が結構踊れるという
意外性が受けているだけの話。
TVで知名度も上がったから、客寄せパンダとしての起用。

バンビ役の岡千絵が最高。
ダンスが抜群に上手い。
腹筋が見事に割れた蟹腹状態。
センスだけでなく、鍛錬による賜物だということが伺える。
歌についてはソロはないので、印象は薄いが
何より華がある。
スター俳優にとっての絶対的条件だ。
彼女が主役を張る作品を早く観たいもの。
観に来てよかったを思わせる唯一の収穫で、
すっかりファンになった。

鈴木綜馬。
当りの優しい声や台詞回しは素敵だし
芥川英司として、四季で主役を歴任してきた
安定味と歌の上手さは光る。
だが、四季を出て10年以上を経ても
母音法に基づく四季節は抜けず、
演技に柔軟性がないのが惜しい。

その他にも、青山・広瀬・大島と元四季のオンパレード。

クリス役の青山は不可のない演技だが
悪目立ちするぐらい、もっともっとやっていい。
でないと、
フランクに演出の座を奪われて怒らないのが不思議に感じてしまう。

大島も元四季、と言っても30年くらい前の話。
ストレートプレイやコメディで場をこなしてきた安心感がある。
20年くらい前に彼が主演を務めた「フィレモン」というミュージカルを
池袋・ルピリエで観ているが
そのときは、歌の音程もブレまくりで
記憶に残ったのはスキンヘッドのインパクトだけだった。
この舞台では、音程もしっかりした心地よい低音を聴かせている。
"俳優は板の上で育つ" いいお手本。

舞台監督ジョニー役の後藤は、とても好感の持てる俳優。
ルックスが甘いだけの俳優に終わらない個性の一端を感じる。
もう少し大きな役どころで観たい俳優だ。

ヒロインの大和悠河。
はっきり言って×だ。
宝塚宙組で男役トップを張っていたらしいが
いかにも宝塚の娘役を思わせる発声。
一人だけ浮きまくっている。
宝塚でどうだったかは知らないが
まず普通に話す訓練から始めなければ
華も色気も可愛さも感じられない女役としての彼女に先はない。

客席の9割は女性。
しかも、その大半が年配の方で、東山目当ての人ばかり。
カーテンコールでは
ラストの東山の登場まで、手拍子が乱れることが一度もなかった。
お辞儀しに出てくる俳優たちを、そのたびに讃えるため
手拍子が喝采に変わる瞬間があってしかるべきなのに
それがなかったのは悲しい事実。
東山以外、
誰一人拍手喝采に値する活躍をしなかったと言うなら別だが。

コアなファン以外、その観る目は
演歌歌手やアイドルが演舞場でやるようなショーの域を出ず
まだまだミュージカルが本当の意味で
日本に根づいているとは言いがたい。

東山ファンの皆さんのために、カーテンコールの一幕。
再三のカーテンコール(さすが "カーテンズ")のあと
促され、観客を座らせてのスピーチ。
「2月28日に東京マラソンがあります。
なので、参加する人は大阪公演は観に来られません。
でも、気にしないで好きなように走ってください」
共演者も観客も少し唖然となるような的外れな挨拶に聞こえる。

我々のそば、一階席中央ブロック7列目で安田美沙子が観劇。
おそらく、あの発言は
東京マラソンに参加する安田に向けての洒落たメッセージ。

私が普段観るミュージカルは
現地のオリジナル版か、その来日プロダクションばかり。
日本人キャストのミュージカルを観たのは
劇団四季作品を除くと
20年ほど前の「アニー」やSKDの舞台まで遡る体験だった。

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『サイエンス フィクション』 [舞台]

「サイエンス フィクション」(2010)★★☆☆☆40点
作: 林竜之助
演出: 田中壮太郎
美術: 宮下卓
照明: 伴静香
音響: 木内拓
衣裳: 摩耶
舞台監督: 上田実
企画: 演劇企画体 ツツガムシ
制作: カク・サンナ
絵: みどり根子
出演:
 本多新也(ヤマダ ケンタロウ、俳優)
 名塚佳織(マリヤ、バイオリニスト)
 北山雅康(ミツイ コウイチ、カウンセラー)
 金城真文(シマムラ テツヤ、サワダ カオルの友人・工場の従業員)
 林宏和(サワダ カオル、サワダコンツェルンの社長)
 吉田久美(ナカハラ ヨウコ、サワダ カオルの妻)
 かな子(ミウラ アイ、大学生
会場: 東京 神楽坂die pratze
観劇日: 2010年2月13日(土)
上演時間: 午後2:00~(休憩なし・約2時間)
ジャンル: 現代劇

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ツツガムシ第3回公演。
 ツツガムシ: 林竜之助・本多新也(演劇集団円)・田中壮太郎(劇団俳優座)が立ち上げた演劇企画。

高性能アンドロイドが実用化されようとしている100年後の世界。
商品化に必要なモニタリングを行うべく、
参加者を募りその中にアンドロイドを1体混ぜて無人島生活を実施。
誰がアンドロイドかを当てさせるという話。

全員のキャラクターの違いがはっきり描かれた台本。
その上に、外見からもキャラクターにあった配役がされており
非常に分かりやすい。

出演者は総じて、安心して観られる演技力を身につけている。

如何せん、台本にドラマがない。
一方的に心情を吐露する登場人物ばかり。
人となりをしっかり見せきらないうちに
各人が唐突に自分の抱えている問題を吐き出す。
そんなものを並べ立てられても、
人生相談所の現場に同席させられたようなもの。
アンドロイド探しに
内面に問題を抱えた登場人物たちを巧みに絡めたところで
観ている者には響かず
詰まるところ、何を見せたいのか分からない。

アンドロイド探しは、冒頭3人のシーンで提案される。
普通に考えれば、
その3人のいずれかがアンドロイドであることが必定だ。
謎解きの側面からも、サスペンスの要素が薄い。

そして、ラストで種明かしがされるのだが
アンドロイドが死んだところで、
所詮は機械なのだから、修繕すれば済むことなのでは
と、思ってしまうのはメカ音痴の考え?

マイケル富岡ばりの顔立ちの林。
2枚目である必要の全くない役どころに思うが
アンドロイドの振りをする場面以外も
気取りすぎた型芝居が鼻につく。

ミツイ役の北山は滑舌が悪いが
その滑舌の悪さも含め、独特の声でとてもいい味を出していた。
車椅子に座っているのは設定かと思ったが
終演後、挨拶に出てきた彼が両松葉杖だったのを見ると
本当に骨折しているようだ。
劇中、車椅子を押すサポーターとして、"ロボット" 役が登場。
何かしら絡んでくるのだろうと思ったら
何も話さなければ、何の関わりも持たない。
本当に補助以外の役割はなかったのだ。
余計なハプニングを避けるためだろうが
アンドロイドにロボットだから、へんな想像・期待をしてしまう。
大変でも、北山自ら一人で車椅子を操作したほうが
役作りの意味でも真実味を増す得策だったろう。

名塚には言い知れぬ魅力を感じる。
それが陰のある役どころに合っているが
冷淡で攻撃的な演技だけでなく
明るい表情、静かな台詞にも触れてみたいと思わせる。

技術的に長けた俳優たちだが、
その台詞のやり取りは
"らしく見せる" ものであって、
俳優たちの間にケミストリーは通っていない。
中途半端な技術を備えた俳優が陥る典型。
ここが演技の難しいところだが
血の通った台詞のキャッチボールができて初めて
確固たる演技術をものにしていると言える。

大学生役の女優一人だけが
少し技術的にも劣る。

よくまとまっているが
戯曲的にも、演技的にも残るものがない。

脚本家・山田太一が来場していた。
誰か知り合いがいたのだろうが、
こんな所にも観にくるんだ、と驚くとともに
どんな感想を持ったか聞きたいところ。
暖房が効きすぎているのか、
とにかく、暑くて眠かった。

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『現代能楽集 鵺(ぬえ)』 [舞台]

「現代能楽集 鵺(ぬえ)」(2009)★★★☆☆60点

▽インタビュー「「現代能楽集 鵺」のみどころ」
ゲスト: 坂手洋二
     燐光群主宰、劇作家・演出家
     岸田國士戯曲賞、鶴屋南北戯曲賞など受賞多数
案内: 礒野佑子アナ

▽舞台「現代能楽集 鵺」
原作: 
作: 坂手洋二
演出・芸術監督: 鵜山仁
美術: 堀尾幸男
照明: 小川幾雄
音楽: 仙波清彦
音響: 秦大介
衣裳: 前田文子
舞台監督: 増田裕幸
制作: 新国立劇場
出演:
 [第一部:頼政と鵺]
  たかお鷹(頼政)
  坂東三津五郎(武者)
  田中裕子(女)
  村上淳(家臣)
 [第二部:川向こうの女]
  坂東三津五郎(旅人)
  田中裕子(女)
  村上淳(男)
  たかお鷹(見回りの者)
 [第三部:水の都]
  田中裕子(女・村上の妻)
  坂東三津五郎(女の彼・村上の部下)
  たかお鷹(中年男・村上)
  村上淳(地元青年・グエン)
収録: 2009年7月11日 東京 新国立劇場・小劇場
番組: NHK芸術劇場 劇場中継「現代能楽集 鵺」
チャンネル: NHK教育
放送日: 2010年2月12日(金)
放送時間: 午後10:30~翌日午前0:45(17分+118分)
ジャンル: 現代劇

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複式夢幻能という形式を用いた世阿彌作の能舞台「鵺」をモチーフに
時代を変え "鵺" のドラマを4人の役者で描く3話オムニバスの舞台。

坂東三津五郎。
流石は歌舞伎俳優というべき見事な発声。
そして、現代を舞台にした第二部・第三部では
歌舞伎流の大芝居でなく、コンパクトな演技に徹している。

たかお鷹はベテランらしく
きっちりポイントを押さえた演技。

地味な顔立ちながら
その演技力で若い頃から注目を浴びてきた田中裕子は
役どころそのままに、変幻自在な顔を見せている。
無邪気な笑顔と、怒りに満ちた気丈な表情が印象的。
演技派女優の面目躍如。

村上の滑舌の悪さ・大根ぶりは
実力派3人を相手に、余計に目立つ。
何を言っているか分からない状態は
観客にフラストレーションを溜めるばかりで、失礼極まりない。
同業としては、観ていて哀れとまで思ってしまう。
演技にも見どころなく
何故、彼をキャスティングしたのか全く以って不可解。

第一部。
古典をベースにしているとはいえ
折角現代劇としてやるのだから
もう少し台詞を分かりやすく整理しても良かったのではと思う。

鵺への変身は歌舞伎の流儀を導入したものだが
黒子を使った早変わりは
思ったより手間がかかっておりまどろっこしい。
早変わりというには少し工夫が足りない。

"鵺を討つ者は鵺になる。永遠の地獄めぐりにようこそ!"
という女の台詞は恐ろしい警告である。
帝の命に従い、
虎鶫(とらつぐみ)の番いを鵺と勘違いしたまま討つ。
武者こそがその鵺であり、女はその鵺の妻であった。
見損なった虎鶫たる鵺は、猜疑心が生んだ幻であり
その幻を目にする理由は、
人の心の闇にすむ魔、権力を手にした者の不安なのである。

第二部。
第一部同様、川が生と死の境界を示している。
船が流れに翻弄され、男が翻弄される様を表現する意図らしいが
両袖からの黒紐で引っぱりまわされる様子はぶざまと言う他ない。
装置家、あるいは舞台監督
はたまた、それを良しとした演出家の無能と言わざるを得ない。

第三部は、ベトナムを思わせる国の話。
4人の体が結合するラスト以外、特筆すべきものはない。
4人の合体こそ
ありのままの人間の業であり、生者の象徴とも言える。
感動すら覚えるメタファー。

ただ、三部構成で描く意味があったかどうかは疑問。
その結末を用いた上で、
どれか一つのお話で作品を作り上げた方が良かった気がする。
完成度の低い第三部以外ならどちらでもいい。

鵺とは
得体の知れない存在であり、忌み嫌われる差別の対象。
その中にこそ、
権力欲・情欲・金銭欲など、人間の業を見出すことができ
生々流転、因果応報を思い知らされる。

さて
単細胞の私には、燐光群はじめ坂手作品は
面白いが観るには重い。
この作品も例外ではなかった。
出来に対する評価は分かれるところであろうが
観客を選ぶ作品であることは間違いない。

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『わが魂は輝く水なり ― 源平北越流誌 ―』 [舞台]

「わが魂は輝く水なり ― 源平北越流誌 ―」(2008)★★★★☆80点

インタビュー「演劇はいま」
ゲスト: 秋山菜津子
      1966年生。
      紀伊國屋演劇賞(2001)
      杉村春子賞(2002)
      読売演劇大賞(2007)受賞
案内: 山口宏子

▽舞台「わが魂は輝く水なり」
作: 清水邦夫
演出: 蜷川幸雄
製作: Bunkamura
美術: 中越司
照明: 大島祐夫
衣裳: 小峰リリー
音響: 友部秋一
出演:
 野村萬斎(斎藤実盛)
 尾上菊之助(斎藤五郎の亡霊、実盛の息子)
 秋山菜津子(巴御前/義仲の影武者)
 津嘉山正種(藤原権頭)
 大石継太(中原兼平)
 長谷川博巳(平維盛)
 坂東亀三郎(斎藤六郎、実盛の息子)
 廣田高志(中原兼光)
 邑野みあ(ふぶき)
 神保共子(浜風、乳母)
 二反田雅澄(城貞康)
 大富士(黒玄坊、郎党)
 川岡大次郎(時丸、家人)
収録: 2008年5月 東京 シアターコクーン
番組: NHKミッドナイトステージ館 舞台「わが魂は輝く水なり」
チャンネル: BS2
放送日: 2010年2月6日(土)
放送時間: 午前0:45~3:40(30分+145分)
ジャンル: 新劇・時代劇

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巴御前と言えば、以前出演した舞台を思い出す。
女だてらに向こう気の強い妻を持つ役を演じたのだが
劇中、その妻が "巴御前" と呼ばれるのである。

斎藤実盛を主人公に、源平の戦いの後の荒廃を描いた舞台。

主役の俳優たちが上手い。

時に美しく、時に醜く、
可憐な顔、その一方で怒りや狂気に満ちた恐ろしい顔。
これほど魅力的な女優は少ない。
秋山の滑舌のよさ・はっきりした口角。
敢えて難点を言えば、ちょっと語尾が歌いがち。
本人はウェットが嫌いだと言うが、その語り口は結構叙情的。

菊之助は
普段培った女形の所作が、亡霊らしさに生きている。

萬斎の老けには参った。
それこそ、父・萬作が演じて不思議でない役どころだ。
萬斎は秋山と同い年で、この当時42歳。
五郎の死の真相を聞いた瞬間のリアクションの型芝居は嫌いだが
蜷川の演出なら御免なさい、だ。
別な見方をすれば、
独特の台詞回しも含めて型芝居だからこそ
この歳で老けがやれるとも言える。

津嘉山さん、やっぱり病に倒れられて以来
少し滑舌が甘くなってるな。
渋くカッコイイ俳優さん、徹マンは控えて末永く活躍を。

川岡大次郎にはびっくり。
最初はクレジットを見誤ったかと思ったくらいだ。
早々に殺されてしまう、見せ場のない
こんな小さい役で出演しているとは。
一時はイケメンの若手俳優ともてはやされたのに、
テレビに使い捨てられたか。

とにかく
やはり一線で頑張っている人たちは素晴らしい。
少しでも早くその仲間に入らねばと覚悟を新たにした。


ところで、改めて思う。
蜷川という人は、企画者・プロデューサーとして素晴らしいのだ。
作品選び、キャスティング、舞台装置の選定など
技術的に舞台を整えるのに長けている。
実盛が五郎の死の真相を聞いた後、五郎を呼び出すときの
闇から篝火だけがぽっと点くアイデアなど素敵だ。

ただ演出家としての才はいかほどか。
どうしても、主役級の上手さで持っているように見える。
自らの演出をスペクタクルと語っているらしいが
彼にはスペクタクルを生み出すことはできても、
ドラマを作ることはできないのだ。
素晴らしい本と素晴らしい役者におんぶに抱っこ。

六郎やふぶきをもっと素敵に見せられるはずだ。
彼らの実力不足、と逃げられては何も言えないが
世間的に名前の知れていない彼らにドラマを作らせることこそ
演出家のドラマ作りの腕を見せどころなのではないだろうか。

六郎は目立たぬがおいしい役だ。
坂東亀三郎は歌舞伎の世界では名は通っていても
一般人には馴染みがない。
最低限はやっているが、もっと頑張ってほしい。
髪がかぶって表情が見えないのは、単純にNGだ。

蜷川舞台で定番のように出てくる叫び。
叫びというのはかなり難しいのだ。
効果的に叫ぶには、絶対的な滑舌が必要だ。
ふぶきなどは
何やら喚いているが、言っている内容が分からない所が多かった。

ここ数年、
蜷川は「原点回帰」を念頭に清水戯曲と向き合っているらしい。
学生運動前後の若者たちの熱が投影されていると言う。
正直のところ
学生運動などライブで感じていない私には、
当然のことながら、そういう観点からは何も伝わってこなかった。

ただ、動と静、詩的な台詞。
台本の妙だ。
清水邦夫の詩はホントに心地よい。
2時間半近くの長さも全く気にならなかった。

瑣末的なことを一つ。
"神官" のアクセント、あれはおかしくないか?

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